日々の事
スカイラインに乗せられた。同い年の社会人。
中学の頃から変わったね、あいつと付き合ってたって本当?家こっち?
うん、うん、あ、あここで降りたい。
またね、のクラクションに判らないほど小さな手。
最近人と話すのはほとんど男の人ばかりで、女の子はゼミの人くらい。選んでるわけじゃないんだけど自然とそうなっていった。友達はそこそこ。ずっと前に書いた元彼(私が浮気相手だった)の彼女は私をあからさまに避ける。悲しい。でもへいき。
授業もだいたい一人で座る。すごく楽。たまに誰かが来る。メアドを交換する。
一人で前に座ってるよね、と聞かれた。そうだよ、君はどこに座ってたっけ、と聞き返す。他愛ない話です。
ベトナム人の留学生と映画を見た。映画館へ歩きながら、夜眠れないのと話の流れで言ったら、とても哀しそうな顔をした。もう言わないようにしよう。だから明るい映画をセレクト。
食べるはオン飲むはアン、少し覚えたベトナム語。
高速道路で大破を思う。
そういえば地元の友達H君は事故で車が大破したと言っていた。本人は無傷。ほんと、よかった。
地元の同級生(女)の彼氏(も同級生)が、彼女と同じ職場で万引きをして逮捕されたらしい。彼女は東京の大学に通っていたが男関係でひどい目に遭い退学し地元に戻って、その職場でアルバイトとして働いていた。彼の逮捕後、彼女も共犯を疑われて、職を失った。というのも、彼が万引きしたのは彼女との交際費の為だと供述したからだ。
数日後異常な吐き気がして、調べたら妊娠が判明したが彼は拘留中で中絶手術のサインがもらえず、彼の両親にお願いしにいった。手術代はその職場で貯めた貯金とほぼ同額だった。
この話をH君から聞いて、声を出さずに泣いた。喉を鎮めながら話すのは大変だった。
こんなに苦しいことばかりあったらもう、もう、後はいいことしか残ってないよ、と言いたくなってしまう。
「私強くなった」って、言ってたんだって。
同じ歳の関係って、普段はどうしようもなく離れてるって感じるけど、絶対的な近しさは消えないんじゃないかと思う。ただの年だけど、どこかで今までのように手をふれる場所はあるんじゃないかなって、感じることはあるんだけど・・・
でも何も言えないよ。やっぱり私はただの同級生。
夜は静かに、眠れますように。
起きててもいいと灯火は言うから。
известие
伝え聞いてから咳が止まらない
首から肩にかけての重石が頭を下へ促す
手と床と鼻先とを近く
ここから階下を臨んでちりぢりに
指も視線も
あぁ・・・
あぁ・・・
チェーホフにおけるсострадание<サストラダーニエ>(共苦)について考えている。でもまだうまく言えない。
今は、『三人姉妹』で自分の死を予感していた男爵トゥーゼンバフの言葉を思い出す。
「僕は晴れ晴れとした気分だ。まるで生まれて初めて、あの樅や楓や白樺を見るような気がするし、むこうでも僕を、じろじろと物珍しげに見て、固唾をのんでいるみたいだ。なんという美しい樹々だろう!そして本来なら、こうした樹々にかこまれた生活は、すばらしく美しいものであるべきなんだ!(・・・)おや、あの木は枯れている。けれどやっぱり、ほかの樹と一緒に風に揺られている。あれと同じように、もし僕が死んでも、やはりなんらかの形で、人生の仲間入りをして行くような気がする。」
『三人姉妹』チェーホフ/神西清訳 新潮社
この戯曲を個々の話材の視点から見ると、どうしても登場人物に欠点を見て取ってしまう。精神病みの妻を持つ陸軍中佐ヴェルシーニンは哲学論議に甘んじ、それも暇つぶしの域を出ない。軍医チェブトイキンは役に立たない古新聞を持ち歩き、イリーナは働かなければ!と繰り返しながら、働き始めるとすぐに労働に絶望する。アンドレイにおいては三人姉妹の期待にそぐわず市会議員に落ち着き、さらには妻ナターシャを上司の市会議長プロトポーポフに寝取られてしまう。その精神的退廃は醜く肥大する身体によく表れている。
総じてどの人物も科白が行動しないための代用となっている。
けれど、全体を通して読んでみると、読めばよむほど、実際は誰も責められるべきではないのではないかと言う気がしてくる。臆病でセンスの無い許婚から終盤には有無を言わさず家政を仕切る横暴な主婦に変貌したナターシャだって、この戯曲に出てくる四人の女性の中でただひとりお喋りに高じず自分の役目を果たし行動を起こしている。
ここで思い出されるのは、『桜の園』という戯曲で、ひとり園に残された(たぶん死へ向かう)フィールスが呟く「未熟者め(出来損ない)が!」という科白・・・。人間の存在を完璧ではないもの(出来損ない)として捉えるところから始めるドクトル・チェーホフの視点。
先の引用に戻るけれど、トゥーゼンバフは真実を語ったように感じる。彼の語る自然は、日常で流される言葉とは全く違う新しい捉え方のされるものとして描かれており、その表現はチェーホフによって異化されている。『三人姉妹』読了後の景色を思い出す。チェーホフの異化した言葉によって影響を受けた目には、世界がなにか「生まれて初めて」見るようなものに映る。
そして、それに気付いてちょっと、感動というか、心がぶるっと震えた。チェーホフの戯曲は多面的な視点で構成されていてうまく入り込めず、平坦に見えたこともあるし、劇中では事件らしい事件も起こらない。科白は噛み合わないし、この戯曲をを四篇の「喜劇」と言うし。
でも、何か、「異化された日常の描写」に触れることがある。
どうしてこんなこと書いてるんだろう
もう今日は寝よう、寝よう、今日は、もう
明日に戻りたい
髪が伸びてきた。ともちゃんと別れたから別れるため多重の手を断ち切るため切った髪が、四月になってとうとう長くなったよ。
鎖骨を擽る毛先が、陽気のようなものを運ぶ。もう五月らしい。五月なんて!
どうしよう、またばっさり切りたい、切ってしまいたい。
でも本当は私、のばしたい。
男友達や元彼にはショートが似合うって言われる(言われた)けどもう私は男信じたくない。かといって、ロングが似合うと口にする女の子を信じるわけじゃないんだけど、あーどうしよう。うー
こういうところが、私はまだわたしを諦めてないような感じで、なんだかもう飽き飽きだよ。泣き。
たすからない。
さよなら、君の声を、抱いて歩いていく
ああ 僕のままで どこまで届くだろう
楓/スピッツ
ひーっさびさにスピッツを聴いた。今でない時間のことが恐ろしい、と改めて思い出された。私では触れることが出来ないのに、向こうから私には手が届くようだ。恋すると音楽を聴いてしまうけれど、その選曲は選ばされたかのように、今は感じる。
もどれないんだぞ、という疼きを、記憶のような柔らかさで肌に染み込ませてくる。それが骨と骨の接続部分に留まって、動くと痛い。
どこまでもあの時を歌う曲は、歌い手と同じように私のあの時に流れていて、違和感の皺寄せは必ずココに来る。あなたはいまどこにいるのかな。私は・・・私は。
あー、私は「戻る」という意味を、可能性と勘違いしている。もどってはいけない。ばか。
制服で転げ回って、放課後教室に残って、指にキスしたりして、
幸せだったのはそう。たぶん20年の間でいちばん幸せだった、気がする、そういう切り取られた瞬間だから。
今そのことを思い返して、幸せだったことは絶対に否定できないけれど、思い出すと必ず死にたいほど哀れな気持ちになる。だからほんの少しでも思い出したくない。必ずぼやかすようにしている。
現れる過去が鮮明に詳細になるにつれ、ひどいと思ってしまう。
そうしないと今を許せないのだろうか。
ううん、今の方がいい、今の方が絶対にいいと思う。たとえ幸せでも、あそこには戻りたくない。
もうスピッツを、「あのせーしゅん」抜きに聴くことができない。それは、物凄く、辛い。
もちろんそうでない曲も沢山ある。けれど私にとってのスピッツは、制服のせーしゅんだった気がする。
この曲と一緒に呼吸し歩き、変わることはもうできない。
好きだから聴いてしまう。
けれど、けれどなの。
かわいい君が好きなもの ちょっと老いぼれてるピアノ
さびしい僕は地下室の すみっこでうずくまるスパイダー
洗い立てのブラウスが今 筋書き通りに汚されていく
だから もっと遠くまで君を奪って逃げる
ラララ 千の夜を飛び越えて 走り続ける
スパイダー/スピッツ
なんだか、こんな気持ちでは、私には明日すらないと思った。
明日にかえろう、もう少しがんばろう、
大丈夫だよね、歩いていいんだよね、
隙間をあるく
工作の日でランドセルが重かった、最短の帰り道を逸れていく。古い木造の玄関を追いやる門に立つと、「学舎」に住む数名の同級生たちが走り回りかくれんぼしては薄い洗濯物を膨らませているのが見えた。呼ぼうとしたけど、五時の音が鳴って宿題をしなきゃと思った。
学舎には両親のいない子が暮らす。両親がいてもいろんな理由で一緒に暮らせない子がここで暮らす。たまに迎えが来る。
学舎全体をぐるりと囲い込んだ塀上の金網には、30センチ毎に花の入った植木鉢が掛けられていて、よく見るとすべて同じ種類か似た花だった。角には必ず「子供飛び出し危険」の看板が置かれている。
建物とコンクリートの塀との間にある小さなスペースで、打つだけの野球をしている。放つのはドッジボールの球。その様子を不服そうに背中で聞きながら、少年がパイポをくわえる。
すぐ右隣には「ふつう」の公園があって、比較的に狭く、子供連れの家族が二、三組来ようものならお互いに気を使ってしまう感じ。学舎の門の真正面には、いつのまにか有料老人ホームが建っていた。
小学校二年生くらいのときクラスメイトが、学舎に入ってお母さんがいなくなった話を耳打ちしてくれた。harufarに言うねって。本当は預けられただけだし、いなくなったわけじゃないけど、迎えは分からない。さびしくて夜布団で泣いたけど見られてはずかしかった。中学生になったら自分で洗濯しないといけなくて、高校生になる歳には学舎を出る決まりがある。大工になりたい。ポケモンの裏技知ってる?
どんなの?
クラスの中で誰が学舎の子であるかは何となしに知らされていた。同じクラスに一人か二人くらい。薄い色の服であるとか、学舎の先輩が去年着ていた服を身に着けているとか、そういうことじゃない。ふ、とかは、とか言う誰にでも伴う空気でなんとなく知る。どのクラスメイトも、それぞれの持つ空気で住んでる地区がだいたいわかる。転校生のお父さんは自衛隊。
私たちは学舎の中に入れない。駄目と言われたことはないし、こっそり入ってもいいが中には何も無いよとは話していたけれど、なんだか駄目な気がした。それよりも中にいる、竹刀を引きずり歩く中学生が怖かった。
五時にはみんな帰る。それ以降は夜の時間。五時まで隣の公園で草を集めて散らしたりしていた。十人は入れる広い砂場で、自分の影に砂をかけて遊んだ。ポケモンは見事にバグった。
くすくす笑った。
すっかりその記憶が薄れてしまった頃に例のポケモンの裏技(だけ)を思い出して、同級生の男の子に情報量アメ二個で売った。(さいあく)彼のポケモンもやっぱりバグった。
その男の子は同窓会で私の腕を引っ張り、この春転職する。
つながってまわって過去があるく元気?
いま何してるのかなぁ
まるで見知らぬひとのよう
そう、そう。
犬の散歩がてら学舎の前を通った。中にいる子供にじゃれつこうと飛び跳ねたぺろを制して、少ししんみりとしてしまった。ひらひらしたミニスカートを履いてきたことを、まるで重りみたいに感じて今度こそもう入れないのだと思った。
きっと、大人になって会えても。今どこに住んでいるかなんて気づけないだろう。私たちは子供として出会った。そのままの重なりにあいた隙間が、過去と名付ける時間だったのかもしれない。
だから、今がわからない。
春じみた風がスカートの裾をはためかせる。
春は花を待たない。
鹿児島の春は、既に夏の準備を始めているのだ。
生暖かい流れが耳の傍を通り過ぎああ、近すぎると。
春が犬のように近すぎる。
今日はそう思った。
参考:『坂のある非風景』のMさんのtwitter発言
「犬は近すぎる。」
http://twitter.com/freezing/statuses/769027307
学舎には両親のいない子が暮らす。両親がいてもいろんな理由で一緒に暮らせない子がここで暮らす。たまに迎えが来る。
学舎全体をぐるりと囲い込んだ塀上の金網には、30センチ毎に花の入った植木鉢が掛けられていて、よく見るとすべて同じ種類か似た花だった。角には必ず「子供飛び出し危険」の看板が置かれている。
建物とコンクリートの塀との間にある小さなスペースで、打つだけの野球をしている。放つのはドッジボールの球。その様子を不服そうに背中で聞きながら、少年がパイポをくわえる。
すぐ右隣には「ふつう」の公園があって、比較的に狭く、子供連れの家族が二、三組来ようものならお互いに気を使ってしまう感じ。学舎の門の真正面には、いつのまにか有料老人ホームが建っていた。
小学校二年生くらいのときクラスメイトが、学舎に入ってお母さんがいなくなった話を耳打ちしてくれた。harufarに言うねって。本当は預けられただけだし、いなくなったわけじゃないけど、迎えは分からない。さびしくて夜布団で泣いたけど見られてはずかしかった。中学生になったら自分で洗濯しないといけなくて、高校生になる歳には学舎を出る決まりがある。大工になりたい。ポケモンの裏技知ってる?
どんなの?
クラスの中で誰が学舎の子であるかは何となしに知らされていた。同じクラスに一人か二人くらい。薄い色の服であるとか、学舎の先輩が去年着ていた服を身に着けているとか、そういうことじゃない。ふ、とかは、とか言う誰にでも伴う空気でなんとなく知る。どのクラスメイトも、それぞれの持つ空気で住んでる地区がだいたいわかる。転校生のお父さんは自衛隊。
私たちは学舎の中に入れない。駄目と言われたことはないし、こっそり入ってもいいが中には何も無いよとは話していたけれど、なんだか駄目な気がした。それよりも中にいる、竹刀を引きずり歩く中学生が怖かった。
五時にはみんな帰る。それ以降は夜の時間。五時まで隣の公園で草を集めて散らしたりしていた。十人は入れる広い砂場で、自分の影に砂をかけて遊んだ。ポケモンは見事にバグった。
くすくす笑った。
すっかりその記憶が薄れてしまった頃に例のポケモンの裏技(だけ)を思い出して、同級生の男の子に情報量アメ二個で売った。(さいあく)彼のポケモンもやっぱりバグった。
その男の子は同窓会で私の腕を引っ張り、この春転職する。
つながってまわって過去があるく元気?
いま何してるのかなぁ
まるで見知らぬひとのよう
そう、そう。
犬の散歩がてら学舎の前を通った。中にいる子供にじゃれつこうと飛び跳ねたぺろを制して、少ししんみりとしてしまった。ひらひらしたミニスカートを履いてきたことを、まるで重りみたいに感じて今度こそもう入れないのだと思った。
きっと、大人になって会えても。今どこに住んでいるかなんて気づけないだろう。私たちは子供として出会った。そのままの重なりにあいた隙間が、過去と名付ける時間だったのかもしれない。
だから、今がわからない。
春じみた風がスカートの裾をはためかせる。
春は花を待たない。
鹿児島の春は、既に夏の準備を始めているのだ。
生暖かい流れが耳の傍を通り過ぎああ、近すぎると。
春が犬のように近すぎる。
今日はそう思った。
参考:『坂のある非風景』のMさんのtwitter発言
「犬は近すぎる。」
http://twitter.com/freezing/statuses/769027307
道草の水溜り
月に一度の生理はリセットではなくってずるずる引きずり戻されるような感じ。もうこなくってもいいと思うけれど、ご飯くらいは食べなくちゃと思った。食べないことでストレスを発散した次は、食べることで発散する。はっさん?
試験の重圧にだめになっちゃいそう。やまは越えたけど勉強すること自体の苦しみより、そして実際勉強は思うようにしてなくて、この時間の縛りが息苦しい。こんなんで社会に出られるのかな。なさけない…今週で12ことレポト五つ終わった。あと1こだから大丈夫。すこしずつ戻ってきた。
以前の日記で書いた、私がなりゆきで付き合うことになってしまった彼の実は彼女だったあの子は一時期静かで、彼とは別れたらしくて、気になっていたんだけど、今日会うととても元気だった。会うと言っても直接会話はしてないし目も合わないけど。私は早く帰りたかった。
その子と合わせて数人で食堂の端を占領しながら話していたんだけど、その子は近頃意中の先輩からのメールが今やっと来たとキャアーとはしゃいでいた。あんなに、うち別れたら死んでやるマジで好きだから彼とは二度と会わんといてと言ってきたのに、その彼をつなぎ止めるために小さな暴力を彼に度々加え続けてきたのに、でもメールを見ながらその子は、性格はあまり良くないし人に嫌なことをよくする子だけど、今とても可愛く見えてフフフと息をしてて、それでいい、そうあるべきだと思った。私は彼女になにもいえないんだけど。
私はあの時は彼が(友達のまま)好きだったんだけど、私以外の複数の人と浮気していたのは知っていたし、その一人がその子とは思わなかったけどとにかくそっとふれる程度に控えめに彼とは付き合っていて、だからいつ別れが来ても嫌いになる筈がなかったのに今私は彼が大嫌いで、何故ならあの子が私の事はるはるって呼んでいたあの子がいらいらしながらжжжさんはもう彼と別れてと言ったのを見たし、後にその子自身も別れて静かになった時期を知ってるし、しばらく学校を休みがちだったのにも気づいていたし、やっぱ私は女の子に嫌われたくなくて怖い気持ちが強くて、理由はそれじゃないんだけどもう、誰かが苦しんでいるのを見るのはそれが誰であっても辛いもので嫌で、どっちが悪いとかではもうないけれど泣いてるようなその子を見て私は彼が嫌いになった。
友達に戻りたいような内容のメールが来たりするけど、彼とはたぶんふつうには戻れない。友達としてなし崩しにせっくすもしたくない。
あぁ、私はいろんないろんないろんな事で引きずり戻されてしまうのが怖いだけだよねきっと。
親戚のおじちゃんと、少しの人にチョコを渡そうかなぁと考えている。
ともちゃんにあえなくなっていちねんが経ちました。
一年前の冬、試験そっちのけで練習したバレンタインチョコを持って福岡に行った。寒くてなみだがでた。ウィークリーマンションでずっと一緒だった。
あの時私はどうだったのかな。
恋をしていたけれど、可愛かったかどうかわからない。信じられないほど舞い上がってどきどきしてたけど、同時に海の底に潜っていたのかもしれない。恋に光なんてなかった。
日々に目にする生の芽が通り過ぎるのを見ていて、私は生きているのかなと思った。
元気になった彼女を見て、少しだけ辛くなった自分に気づいてしまった。
試験の重圧にだめになっちゃいそう。やまは越えたけど勉強すること自体の苦しみより、そして実際勉強は思うようにしてなくて、この時間の縛りが息苦しい。こんなんで社会に出られるのかな。なさけない…今週で12ことレポト五つ終わった。あと1こだから大丈夫。すこしずつ戻ってきた。
以前の日記で書いた、私がなりゆきで付き合うことになってしまった彼の実は彼女だったあの子は一時期静かで、彼とは別れたらしくて、気になっていたんだけど、今日会うととても元気だった。会うと言っても直接会話はしてないし目も合わないけど。私は早く帰りたかった。
その子と合わせて数人で食堂の端を占領しながら話していたんだけど、その子は近頃意中の先輩からのメールが今やっと来たとキャアーとはしゃいでいた。あんなに、うち別れたら死んでやるマジで好きだから彼とは二度と会わんといてと言ってきたのに、その彼をつなぎ止めるために小さな暴力を彼に度々加え続けてきたのに、でもメールを見ながらその子は、性格はあまり良くないし人に嫌なことをよくする子だけど、今とても可愛く見えてフフフと息をしてて、それでいい、そうあるべきだと思った。私は彼女になにもいえないんだけど。
私はあの時は彼が(友達のまま)好きだったんだけど、私以外の複数の人と浮気していたのは知っていたし、その一人がその子とは思わなかったけどとにかくそっとふれる程度に控えめに彼とは付き合っていて、だからいつ別れが来ても嫌いになる筈がなかったのに今私は彼が大嫌いで、何故ならあの子が私の事はるはるって呼んでいたあの子がいらいらしながらжжжさんはもう彼と別れてと言ったのを見たし、後にその子自身も別れて静かになった時期を知ってるし、しばらく学校を休みがちだったのにも気づいていたし、やっぱ私は女の子に嫌われたくなくて怖い気持ちが強くて、理由はそれじゃないんだけどもう、誰かが苦しんでいるのを見るのはそれが誰であっても辛いもので嫌で、どっちが悪いとかではもうないけれど泣いてるようなその子を見て私は彼が嫌いになった。
友達に戻りたいような内容のメールが来たりするけど、彼とはたぶんふつうには戻れない。友達としてなし崩しにせっくすもしたくない。
あぁ、私はいろんないろんないろんな事で引きずり戻されてしまうのが怖いだけだよねきっと。
親戚のおじちゃんと、少しの人にチョコを渡そうかなぁと考えている。
ともちゃんにあえなくなっていちねんが経ちました。
一年前の冬、試験そっちのけで練習したバレンタインチョコを持って福岡に行った。寒くてなみだがでた。ウィークリーマンションでずっと一緒だった。
あの時私はどうだったのかな。
恋をしていたけれど、可愛かったかどうかわからない。信じられないほど舞い上がってどきどきしてたけど、同時に海の底に潜っていたのかもしれない。恋に光なんてなかった。
日々に目にする生の芽が通り過ぎるのを見ていて、私は生きているのかなと思った。
元気になった彼女を見て、少しだけ辛くなった自分に気づいてしまった。
ここにいる私も
おでこの左端が気になって眠れない。何度ベッドに擦り付けても軽く叩いてみても眠れないしにたい。もう訳が分からないほど訳が分からないからしにたくてしにたくて、たぶん生理前だからこんな風になっててかなしくって、全部そのせいで、でも生理なったらもっとひどくなる。まいつきまいつきこうやって眠れない朝授業あるのに。こんなんでどうやって試験期間乗り切ればいいのむしゃくしゃ丸めたいもういやいやなんにも全部わからない。から
ふうう。
私の父は剣道をやっていて身長は180近くで筋肉質、凄腕の猛者なのだけれど、父は週に三回ほど武道館に練習をしに行っていて月に一度は市内へ朝練にも行き、よく若い人とか後輩に稽古を付けているらしい。それで教える際に自分が打たれる側になって面やら胴やら突きやらを受けていて、もうそれが長年続きいくら防具を付けていると言えど痛いものは痛く、頭上に落ちる地が揺れるようなびりびりした衝撃は十二分に伝わるわけで、2、3年ほど前からずっと耳鳴りが止まらないと言う。面で擦れた頭の天辺は少し薄くなっていて耳はひしゃげ、腕の毛は籠手でこすれて生えてこなくなった。浅黒い皮膚がつるりとしている。
きーーーぃんという音は医者によるとどうしようもないらしく気にしないことが一番だとアドバイスを受けたらしいが身内としてはどうしてもアドバイスに聞こえない。
頻繁に耳鳴りがするので父は、私の前ではやらないようにしているみたいだけれど、きーーぃんと聞こえるとよく耳の上辺り側頭部をがんがん拳で叩いている。母が「痛いから、しちゃだめよ」と止めるけれど「これが気持ち良かと」と言ってがんがんやっているのを偶然見てしまった時は、逃げ出したい気持ちになった。
高校時代は元彼の事件もあったりして門限も厳しく、彼氏の存在がバレてからは外出なんかも中々許してもらえなくて(今思えば当然の処罰かもしれないがあまりに嫌だった)仲は良いとは言えず、他人同様父との距離を掴めないでいる。
情けないことに、今でも実家からどこかへ出かける時は、毎回少し汗をかいてしまう位びくびくしている。遊びに行ってくる、出かけてくる、と言う言葉をスムーズに言えた記憶はない。
高校時代に一度、こっそり出かけて彼と落ち合っていた所を、車で付けてこられていて、追いついた父に無理矢理連れ戻されたことがあってそれ以来、出かけるのは怖いしひたすら意味もなく罪の意識を感じる。
いちごタルトが食べたいとか、あからさまな我が侭でしか甘えられない、うまく話しかけられない。大学に行ってから随分ましになった気はするけれど、例えば身体が疲れやすくたまに仕事を休んで寝込んでいる時とか、医者から処方された何種類もの薬をあさりながらこれ飲んだけ…と猫背気味に呟いている時とか、大音量でテレビをぼんやり眺めているのを見かけた時とか、もう自分が本当に取り返しの付かないことをしてしまった気がして、こんな時に言葉が失われるのだと思う。幼いまま言わないししないしできないし、鈍感に徹するしか無く。
この前の帰省では、弟を介して喋ったりした。母に話す振りをして話しかけた。ぎくしゃくなどではなく自然と言えば自然だし取り立てて言うほど悪い関係ではないが、怯えとも恐怖とも違う、覚えていない文法を使って喋る時のような、常に正しいかどうか分からないという不安が付きまとっている。
今更謝る事などと思うし、今でもあの時の扱いは、言い分も聞かず子を力ずくで抑えつけるだけで不当だったと思うけれど、父も内心とても不安だったのかもしれない。唐突に娘が目の前で消えていくような。そういう不器用な人なのはわかっていたが、私もまた思春期の幼くて周りの見えない強情な高校生だった。目を覚ませなんて言葉はお互いに不要で。
貯めたバイト代で買ったカメラで何気なしに父を撮ると、意外にも喜ぶ。印刷してカレンダーの下に貼っておいたら母に自慢していた。被写体になる時、父は分かっていて、ポーズを取ったり作ったりしない。写った姿はけっこう男前だった。
毎年父は五月にある京都の大会に出ているので、今年は京都で防具姿の父を撮るかもしれない。撮らないかもしれない。
相変わらず気分は最悪で、もう気分というのが何だか解らなくて、でもこういうことを考えている時確かに私は娘なのかもしれない。
何も解決しない明日がくる。解決すべきことなどない。
ふうう。
私の父は剣道をやっていて身長は180近くで筋肉質、凄腕の猛者なのだけれど、父は週に三回ほど武道館に練習をしに行っていて月に一度は市内へ朝練にも行き、よく若い人とか後輩に稽古を付けているらしい。それで教える際に自分が打たれる側になって面やら胴やら突きやらを受けていて、もうそれが長年続きいくら防具を付けていると言えど痛いものは痛く、頭上に落ちる地が揺れるようなびりびりした衝撃は十二分に伝わるわけで、2、3年ほど前からずっと耳鳴りが止まらないと言う。面で擦れた頭の天辺は少し薄くなっていて耳はひしゃげ、腕の毛は籠手でこすれて生えてこなくなった。浅黒い皮膚がつるりとしている。
きーーーぃんという音は医者によるとどうしようもないらしく気にしないことが一番だとアドバイスを受けたらしいが身内としてはどうしてもアドバイスに聞こえない。
頻繁に耳鳴りがするので父は、私の前ではやらないようにしているみたいだけれど、きーーぃんと聞こえるとよく耳の上辺り側頭部をがんがん拳で叩いている。母が「痛いから、しちゃだめよ」と止めるけれど「これが気持ち良かと」と言ってがんがんやっているのを偶然見てしまった時は、逃げ出したい気持ちになった。
高校時代は元彼の事件もあったりして門限も厳しく、彼氏の存在がバレてからは外出なんかも中々許してもらえなくて(今思えば当然の処罰かもしれないがあまりに嫌だった)仲は良いとは言えず、他人同様父との距離を掴めないでいる。
情けないことに、今でも実家からどこかへ出かける時は、毎回少し汗をかいてしまう位びくびくしている。遊びに行ってくる、出かけてくる、と言う言葉をスムーズに言えた記憶はない。
高校時代に一度、こっそり出かけて彼と落ち合っていた所を、車で付けてこられていて、追いついた父に無理矢理連れ戻されたことがあってそれ以来、出かけるのは怖いしひたすら意味もなく罪の意識を感じる。
いちごタルトが食べたいとか、あからさまな我が侭でしか甘えられない、うまく話しかけられない。大学に行ってから随分ましになった気はするけれど、例えば身体が疲れやすくたまに仕事を休んで寝込んでいる時とか、医者から処方された何種類もの薬をあさりながらこれ飲んだけ…と猫背気味に呟いている時とか、大音量でテレビをぼんやり眺めているのを見かけた時とか、もう自分が本当に取り返しの付かないことをしてしまった気がして、こんな時に言葉が失われるのだと思う。幼いまま言わないししないしできないし、鈍感に徹するしか無く。
この前の帰省では、弟を介して喋ったりした。母に話す振りをして話しかけた。ぎくしゃくなどではなく自然と言えば自然だし取り立てて言うほど悪い関係ではないが、怯えとも恐怖とも違う、覚えていない文法を使って喋る時のような、常に正しいかどうか分からないという不安が付きまとっている。
今更謝る事などと思うし、今でもあの時の扱いは、言い分も聞かず子を力ずくで抑えつけるだけで不当だったと思うけれど、父も内心とても不安だったのかもしれない。唐突に娘が目の前で消えていくような。そういう不器用な人なのはわかっていたが、私もまた思春期の幼くて周りの見えない強情な高校生だった。目を覚ませなんて言葉はお互いに不要で。
貯めたバイト代で買ったカメラで何気なしに父を撮ると、意外にも喜ぶ。印刷してカレンダーの下に貼っておいたら母に自慢していた。被写体になる時、父は分かっていて、ポーズを取ったり作ったりしない。写った姿はけっこう男前だった。
毎年父は五月にある京都の大会に出ているので、今年は京都で防具姿の父を撮るかもしれない。撮らないかもしれない。
相変わらず気分は最悪で、もう気分というのが何だか解らなくて、でもこういうことを考えている時確かに私は娘なのかもしれない。
何も解決しない明日がくる。解決すべきことなどない。
まだはたちなんだよ
いつものように午前の遅い時間にクイックルワイパーを掛けながら家中の窓を開けて回っていたら、実家の斜め前にある母校の中学校のテニスコートから数人の女の子たちの声が聞こえてきた。
ちゃんと歌ってよーさん、はいっ。
何かの曲を歌っていて聞き覚えがあるんだけど思い出せない。
せーのっぴっかちゅー!ちがう!
ハイっだーれかをあーいせたあーフフフのときの、きもちーでいーつもいれーたらララッラ♪だーれかをきーずつけるーことばもーこのっよーにはなかーっただーろなーアハハハ
あ、と思って後少し後少しと数秒考えて、は、となって分かった。RADWIMPSの「愛し」だ。
きみのっいつだってだれかのーためにあった心は、いつも、どれだけのじぶーんをーあいせたーのだろーぴゅー!
合唱コンクールで歌うにしては不似合いだし(こういうのにぴったりなのはゆずである)ピアノの伴奏も難しいだろうからきっと体育の授業中テニスをするのに飽きて歌い出したんだろう。中学生にはありがちなことだ。
そうやってのんびり過ごしていたらいつの間にか成人の日が来た。
その日にあった中学校の同窓会は少し予想外なくらい楽しかった気がする。五年、でも変わるものは限られているのかもしれない。誰かがえんえんと長渕剛を歌っていた。音楽の授業では「乾杯」が定番だった。
男の子は誰もみんな格好良くなっていて悔しいくらい、女の子はお世辞抜きに一段と綺麗になっていてはっとする。
窓に掛かったブラインドに隠れて電話をしているHi君を見つけて、彼は小学校来の友達でよく一緒にふざけ合っていたのだけれど、いたずらしてやろうと端から覗き込んだら、急にぐいっと腕を引かれて、密着したまま電話が終わるまでずっと離れられなかった。びっくりしながら誰と話してるのと聞くとちらとだけこっちを見て質問を無視し、街灯の少ない田舎の街をじっと見ていた。来るのか来ないのかという話題を繰り返す。ブラインドで仕切られたここだけ、部屋の煌びやかな装飾や照明の明かりから逃れられた場所で、そこからは車の流れしか追えない。外しか見えない。彼も動揺していて、もしかしたら誰とも電話していなかったのかもしれない、通話を切ると手を離して、そこへちょうど友達が覗きに来たので離れた。
会場はそれぞれの場で盛り上がっていた。不良だったT君はちっちゃいなぁと言って私の頭をがしがし撫でながら酔っ払っている。意地悪だったM君は相変わらず嫌なやつで、成人式で行われた抽選会でWiiの当たったT元君は私を含めいろんな人から催促されていた。同級生のほとんどが県内外で働いていて、今大阪にいると言ったら必ず関西弁を要求されるのでマクド!とだけ言っておいた。練習しようねと言われた。
今だから先生に聞けることというのがあってある先生に初チューはいつですか?という質問が舞い込み固唾を呑んで見守っていたのだけれど先生は「中学校構内です」と答え会場がどよよっと湧き、どこですかと訪ねられると「職員室です」と言い更に周りはどよよよよではない位に湧き上がりどこかからうひゃーという悲鳴も聞こえ「どうやら校内で不純異性行為が起きていたようです」と司会者に突っ込まれると「私はそれまで小学校の教諭をしていて、君達を受け持ったのが初めての中学校だったのです」というオチがつき軽いブーイングも起こったけれど可笑しくって笑ってしまった。何だか先生を忘れていた。
手紙でも書いた亡くなってしまった彼は成人式にも同窓会にもいなかったのだけれど、先生が、もういつから闘っていたのか分からない、闘病期間にふれて彼は今日来るって約束してたのに「でもがんばった」と仰ってくれてそれで私はずっとここに居ないのがたまらなく苦しかったのだけれど少し少し気持ちがふわりとなった気がした。まだはたちなんだよ。彼は今日を楽しみにしていた。袴を着たがってた。嘘だとおもう嘘だとおもう嘘だとおもうそんな不在だよ。ここにいると本当に嘘みたいだ。
それから司会の男の子が提案してくれて、一分間全員で黙祷した。退場しなければならない十時を五分過ぎた会場が早朝みたいに静まり返った。南日本新聞のお悔やみの欄に小さく載った君の名はにっこりが通った道で呼ばれている。一人一筆でも余るくらい。まだはたちなんだよ。
帰りの大阪モノレールで真向かいに座っている女の子が、食玩だろうか、写るはずないのに、小さなプラスチック製のカメラをあちこちに向けてカチャ、カチャ、と鳴らしていた。真っ赤なコートが分厚そうだった。母親がそれを見ている。
ほら、ここ、カメラのここ覗きながら押してみ、文字が見えるで。ほら座り。
そう母親に諭されて子供は大人しく座り直すと、縦に横に振りどこー?と確認してそれから、真っ直ぐ私に向かってカチャ、と鳴らした。
ファインダーもプラスチックな瞳で、その距離を。
君は写らないけれど、私も写らないんだよ。
見えたー
字ぃ読めん。






