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クレヨンの黒で書く今年の終わりの殴り書き


鬱で、小さな事や小さくない事や楽しい事で死にたくなって何でだろうと思ったら生理中だった。もうやだ、対象の不透明な嫌悪感が騒ぐ音でぬいぐるみのボタンを外すそういうサイクルが呼吸と重なり動けない。
余裕の無い中でしか書く事も思考する事もできない。
どんどん人が怖くなってく。最近ショックだったのが先週難波で歩いてたらナンパされて普通の人だったんだけどご飯食べませんかって声掛けられてそれで私は文字通りびくりと縮こまり小さな声でやだとしか言えずに逃げてしまって何というかそこでもっとこうきっぱり堂々と断れた筈なのにいつの間にこんな弱くなってしまったのかホント失望してしまって馬鹿みたいだなぁとか思いながら早めに家に帰った。気持ち悪いばかみたいしにたーい誰かなじって!見ないで

最近思うのは自分をある程度切り離して思考を進められないことで、世界は怖いもので満ちあふれてることに片っ端から過剰に反応して自己を失い過密な無の時間を誰とも共有せずに無くし続けるそんな昼を巻き取りながらマイナスの方向に回り続ける滑車の動きを見守る自分にうんざりする。

人それぞれ愛してるもの憎んでいるものは様々でまた相対する時間によっても違ってくると思うのだけれど私にとって去年は地獄だった、と過去形で語れるようになった今年はどうかというと振動のある年だったように感じる。
今年の事件という事件と言えば、と言うより出来事と書いた方がしっくりくるのだけれど、10歳年上の彼氏に振られブログを始め高校時代のピアノを弾く元彼は低音が聞き取りにくくなり三歳上の男友達が腰骨を折り、お酒を死ぬほど飲まされ意識が戻った時には脱がされ事を終えていた(そのまま訳も分からず何度もした)という関係の同じクラスの男の子となし崩し的に付き合ったら実は彼は私と仲のよい友達と先に付き合っていて彼の携帯をチェックした彼女から物凄い勢いで二度と彼と会うなと怒鳴られチェコ語の単位を落とし金井美恵子に出会い告白される前に何人かを振り映画を見て泣き同じスカートをはく人を見かけたミスドに通い臨席の男性が灰皿を割って二人の男に貸したノルウェイの森は単行本とハードカバーどちらも返ってこない。
すべては語れないけれど、一文にしてしまうとそれはありがちで陳腐な出来事の重なりに見えるし実際そうなのだけど正直きつかったし声をあげて泣いた事は伏せておきたいしやっばり死のうとした事は何度もあるが去年よりはマシだったと言える私はいくらか変わったし、そうでありながら今年は今年の私にとっての地獄でなかったと思うのはきっと底辺も共に変遷していくのではないかなという気はする。つまり今年の私は愛するひとを失わなかったし、失ったとしてもそれは一年前の過ぎ去った筈の連続なんだ、と相対的にだけれど思う。
でも振動はこれじゃない。

もっと内的な自分に揺さぶりをかけてそこからぽろんと落ちてくる指とか涙とかにさらに震えを帯びさせる言葉。受け取ること。これに尽きる。
意識の変化と自分が何をしているかを知ることは自分の鼓動では絶対にできなかった。感謝はもがく事でしか出来ない。


年末の雨が降ってる、
安藤裕子の「聖者の行進」を聴きながら歩く冬の露のなか。あなたの耳にイヤホンを当てたくなる。

まだまだ模索中で、自分のベストだと思った言葉も十回以上読み直すと今一つ。
自分の時間の流れというのがブレると途端に弱って死にそになるけれどそれは裏を返せば強みだから、私は毎日をエブリデイと読んで暮らしていこうと思う。

廻る目の爪を覚まして

あなたの思うよりずっと、廻転する年になりますように。
日記 | CM(3) | TB(0) 2007.12.31(Mon) 23:43


小さな皹のような温度差で、揺れる髪が夕暮れを隈取る。ペンの軌跡は深紅のネオンに溶け始めた。

背中を転がる明かりはもう遠く、今は剥がされた後の粘着面、糸を引くその先に吐息があるとしたら、冷え切った氷のままでも帰るいつかは変えられない。

眠れなかった脳と体が順番に傘を放り投げ、短い小指にはめた指輪を廻転させる。音を知り声が震えた。
晴天と思って指していた傘、けれど世界は雨降りだったことを知ったから。

今、イヤホンを外しても聴こえる螢の明滅を、動かして。あなたは光っている。


枝分かれの針と柔らかい二重線、雨を浴びた左手で心臓を撫で、そのずれを感じた。
これが、呼吸と。
詩 | CM(0) | TB(0) 2007.12.26(Wed) 20:46

濡れた手


朝を眠って夜を起きる。

寒がる犬が歩道橋を転がり、濡れた落ち葉は枕の下に、こぼれたキーは鯉が食べた。

暖かい壁を越えるでもなく

誰にも会わない鏡に映るキミがぱくぱく喋るのを見ながら、どきんと波打つ予感に奮い立ってこうしてはいられない。
対極な時間に首を擡げて私のヒールをはたき折った。

泣いたのは落ち葉のせいにして、咆哮が怖いと留まって、ベッドに頭をすり付けて寝ようとする朝。

掌で受けてすり抜けていったアルファベットを、見つけた喉の奥に痙攣の短さで感じたのなら、光に合わせて脳を開け閉めする必要があろうか。

瞳の側面も黒くし時計回りの廻転音で吸収したい、それ以外は今なら足なんてやれよう。


受け取るということ、
必然、呼吸に重なる静寂に、ブワッと鳥肌立つ身震いするその瞬間に、気付いたのなら。

絶えず悲鳴で伸縮する喉で

決断を。




詩 | CM(2) | TB(0) 2007.12.25(Tue) 06:58

間違い


落ち着きたい訳でなく何かをしなければ、あなたを(あなたはすべてで)すべてを感じているのに、何もしない事で錯乱してしまうのでまた錯乱してそうやってあなたを私を感じる事を繰り返しながらもう縮めたくてココアを飲もうとヤカンを火にかけた。

ざっざっざっざっ濃い蟻の行列、ばらばらにするとさ草の先っぽなんかでつついたりかき混ぜたりすると経験あるよね、蟻の数が増えたように見えて、目前の尻だけが方向だった奴らがうじゃっとぶつかり合いながら四方八方に逃げ出すんだけど、そこで悲しいのがね、行く手も知らない彼らが何から逃げてどこが北なのか知らずにまるで増えたように錯覚して見える事で、自らの動き、この動きっていうのは増殖で、それ自体があなたを追いつめ、何かからでなくあなたが逃げる事であなたが追われ、増える事で混乱するすべてはあなたからであなたはすべてでそれは私でどこまでもどこででも、増えたりつついたり求めたりもう削ろうよ、て草を揺らしながら振動する口はあなたなんだ。見えるだけなのに、すり寄ってみたりして。

頬の感触だけが一人の方向じゃない。無くしたい私を追い詰めながら増え続けるすべてが私。おえたい。詰め寄ることじゃころせない。

ぴ、ぴぃ、ふぃ… 五分程すると草笛のような音が漏れ出し、お湯を流しに捨てる。
真ん中の溝に引っかかっている昨日千切りにしたキャベツの切れ端が、白く茹で上がるのを不快に思った。


詩 | CM(0) | TB(0) 2007.12.25(Tue) 06:49

夜の接触


朝を無くしてしばらくの腕時計が電灯を揺らしていた。
車道へ車道へと溜まった呼び水を揺らすぐるりと囲む胃の壁を溶かしながら、誰かが映った鏡を避けて道路を横切る。

パジャマのまま前髪を切り、その細々した髪の切り屑が喉の粘膜一帯にへばりついて何度唾を飲み込んでも剥がれない時のように喉が苦しい。飲み込まれた唾が棘になるのも一層不快だ。

暗闇の中で、コップの縁を指で掴みながら溢れないように確かめながら
先に触れるまで、飲料水をとくとくと注ぐそんな夜のイメージ。今は夕暮れで、場所はミスド。

雨だ、雨だ、みないでこんなに、どこもノイズが線のように、この音は雨だよ

ぼたぼたに零れる薄いコーヒーを、気にせず飲んでいた。濡れそぼった髪の毛を引き上げた口の端にへばりつけて笑う二人組に、コーヒーをかけたら気づくだろうか、

ね、ね、雨がふってるんだよ

雨の存在に気付かないのに、雨が隠すことにはきちんと盲目なあなたが愛しい。
少し狂いそう、目薬とか指輪のサイズとか爪切りとか綿棒の長さとか尻尾とか。

そのコーヒーおいしい?
そのコーヒーおいしい?

夜になっていくのを指で確かめた。




詩 | CM(0) | TB(0) 2007.12.22(Sat) 23:24

寝る前はいつも夜じゃない


予想外というのは私もそうで、でも心の底ではこうなることを考えていたし感じていたのだけど、あんな暴言と取れるような事を言われた一週間後にコンクールに臨んだ彼は本人も予想外に銀賞を取り全国への切符を手にした。大会は1月8日、次のファイナルは1月10日。ファイナルは聴きに来てほしいと言われ沈黙しかできない。

自覚があったから謝ろうと電話したのだけれど、耳にした急展開に少し戸惑いまた彼の、君の言葉を聞いて再考できたから助かったという言葉もこんなタイミングで言われたからやっぱり閉口するしかなく、本当は君の音楽の可能性に対する自信には賛成だしそういう所が好きだったんだけどただその重みで潰れてしまうのは私としては耐えられないというのを考えていたんだけどもう口が裂けても言えないかもしれない。無くなってでも、それが芸術だなんて彼には言えない。沈黙、沈没。

少し落ち着いて、少し普通の話をできるようになった、私がお風呂上がりでのぼせて気が向いて電話をしたとき、だけ。もうよく解らない。気楽に会話してしまえる私は変わらず私なんだけど、もうどこまでが過去でどこからが過去の続きの現実でなんていう線引きは無意味だって解ってるけど、でも不意に過去の憎しみしか持たぬ関係の私がずどんとやって来飲み込まれたときにこれは過去なんだと言って鎮められる目盛りとしての境界線がどうしても必要になってきて、勿論そんなものはあくせく探す現実のどこにもないという事実で錯乱させられ全部全部全部終わらせたくなるいつものループ。

でもそんなことすっかり考えずにぽけーっとしていられる私も私なんだ。吸って吐くような、吐いて吸うような自分の保全。それは、書いてるときしか解らない。

「そうそう送るつもりだった本の件でさ、昨日郵便局に行ったんだけど肝心の本を持って行くの忘れてしまって、まぁ他の用事もあったんだけど。マジ馬鹿。来週になるけどごめん。」
「わ、ばかだね(笑)私も図書館に本返しに行った時、ドアくぐった瞬間に本を持ってきてない事に気づいて、でも入ってすぐに回れ右するの恥ずかしいからうろちょろしたのね、でその日が返却日だったんだけど取りに帰ってその日の内にまたやって来たら怪しいじゃん、だから結局二日後に返したよ。」
「harufarひとの事言えないじゃん」
「ちがう!今のは君をフォローするために恥ずかしい引き出しを出したんだよ、もう。」
「ほんとに?」
「ほんとに。」

しあわせってなに。
確かに私は夢を見た。彼がピアニストになる未来が表出した夢。辞めればいいと言ったのも事実だしそう思った。それと同時に、私の届かない私が作る想像の先端に確信を持ちながらただ少しばかりの声と沈黙を絞り出すことしかできない。

おやすみ。

「いい夢みてね」
「いい夢見たいよ」




日記 | CM(2) | TB(0) 2007.12.19(Wed) 23:53

発信

先日、常日頃更新を楽しみにしていたブログに最終回の記事がアップされた。
私がブログを始めてまだ間もない頃コメントをくれた彼のブログは、同い年もあって気になっていたのだけれど、よく考えたら読み始めてもう八ヶ月が経つのだと驚きもし、でもあの頃はずっとずっと前のようにも感じる。春だった。きっと現実では見られなかったであろうだからこそリアルな歩幅とか足踏みを、見てきたように思う。

コメント欄に入りきりそうにないから、更新。

今だってそうだけど、右も左も解らない初心者の頃、他の人のブログを読むのはすごく刺激的で、それは一行だったり死にたかったり今日の朝ごはんだったりえんえんと好きをつぶやいたり遠くを見ていたり、言語は世界だ、というのは教授の受け売りだけど、もしかしたらそれがあるのかもしれない、と思うような終わらない広大な場所だった。何一つ括ることの出来ないあなたの私の紐解くリアル、同化の出来ない共通意識、離れられる多くの種別、それらのしっぽを垣間見た気がする。
場所があって人がいてそこにある確かな変化、その変わっていく言葉の震えが揺らす地面みたいなブログ、目を見開いて受け取るこの気持ちはなんなのだろう。



本文で、10日間の沈黙ののち自分のブログを終えるタイミングに気付いたくだりは、少し、泣きそうになった。彼の書けない、書くことがない、という言葉は、きっと今まで記事を見ていたからこそ、寂しさと嬉しさの入り混じった、先輩の卒業式の締めくくりに贈る唄を在校生が歌う時のような、これがあなたの一歩なんだという、切ない確信に似たものがあって、やっぱり悲しいけどこれは世界だって、きっとおもう。


直接会話の無い、灯台の明かりのように発信の繰り返されるブロガーの関係。照らしてきた景色を共有しなくとも言葉に出来る空間を、そこに見ることが出来ました。
書かれなかった変遷もあなたのブログ、



どうか、君の恋に沢山の、そんな発信がありますように。





日記 | CM(4) | TB(0) 2007.12.14(Fri) 00:08

怖い人


久々のブログ、な気がする。
最近自分の時間の流れをぐしゃぐしゃに掻き回されて弱まっている時にパソコンを開いてもうまくキーを打てない。だれにも迷惑をかけずに毎日本読んで散歩して遊んで静かにくらしたい。それを許さない私が多重の変遷を引きずりながら首絞める。ああ!自由になりたい。しにたい。そう言いたい。


ここのところ、大学構内を歩いてたら勧誘されたとあるサークルに出入りするようになって、そこは哲学を勉強するとか何とか言いながら実はある宗教の末端みたいな会で、別に悪意があったりとか取り込もうとかそういうのは感じなかったんだけど(たぶん)、なんかもう、私は次第に耐えられなくなってきた。行きたくない。胃がいたい。ふつうの人たちだけれど、ちがうんだ。


何回か通ううちにその宗教の講演会のビデオを見せられたことがあって、それは私にとってはかなりショッキングだった。傍から見たら普通の講演の内容なんだけど、その教えを説く先生がお弟子さんをだしに聴衆から笑いを取るところが特に見てられなくて、威圧的というか、あんたはこんなもんもわからんのでしょうこうだよこう、という風に高圧的な物言いで、そのまだ多分若い真面目そうなお弟子さんの手が震えてるのを私は見て、みんなの前で立ったり座ったり何度も黒板の文字を書き直させられたり、こんなの大学だったら絶対アカハラだとか思いながら、30分耐えたあの苦しさはいつかに似ていた。忘れていた感覚だったのかもしれない。前はもっと、頻繁にこんな風になっていた気がする。
あなたに成って私が苦しむ。ああ、ああ、ショッキングだ。苦しいよ。

講演会にも誘われてわざわざ夜行バスに乗って他県へも行った。不安どおり、ビデオで感じた感覚がより濃くなるだけだった。
私の変化はないのに、あんなに苦しいのはいつぶりなのだろう。また戻っていく自分がいる。
やっぱり彼らの威圧感は消えなかったし何より驚いたのが他宗の人を批判し嘲笑する傾向がどの人たちにも一様にあることだった。それで本当に幸せなんだろうか。

そういえば部室で教えを説かれている先生が、その宗教の内容を理解できないことについて(理解するには聴聞を繰り返せとのこと)こう言っていた。
「これはね、足し算しか出来ない小学生が微分積分を理解しようとするようなものなんだよ。うーんどんな例えがいいかな、ゴキブリにパソコンを教えるようなものだね。理解できっこないでしょ。」
もうもう目は動かなくって逃げ出すように部室を出て帰宅して一人になるとわんわん泣いた。一人暮らしがこんなにありがたかったことはなくて、形振り構わず大きく震えて息を吐き続けてでもそんな体の慰めはひどい拍車をかけてしまう。

あんなあんなあんな表現を人に対して、たとえそれが批判者であろうと無理解者であろうと、あんな言葉を使えるなんて信じられないし、それをけらけら笑っている人たちも本当に絶対に理解できない。怖すぎる。それが果たして幸せなの。どうして平気なの。ああしにたいしにたいしにたい
そういうことが頭の中を無作法に駆け巡って眠れなかった。部室では他にも信じられない言葉が何度か出てきたように思う。しばらく寝込んでも消えないから、これはたぶん、ほんとの自分の気持ちなんだと思ってもうこのサークルからはフェードしていこうと思った。耐えられない。

思い出すだけで手が震えて来る。私もうにどど会いたくない。もし次会うことがあったらわーっと泣いてしまうかけちょんけちょんになるまで言いつめてしまうかしてしまうかもしれない。
絶対おかしい。

これ以上は無理。自分の一番嫌いな人間の形を再確認してしまった。インテリぶってるけどばかだと思う。最低だよ。



私と同い年くらいの人たちは、親が団塊の世代だからか常に安定な道をと言われてきたんだと思う。いい高校いって大学出て安定した収入のある仕事につきなさいという言葉を何度も聞いてきた。それで自分の前にある程度のレールを敷いてしまったんだと思う。それは勿論私も洩れずに。そんな先の見えるレールを自分に敷いてしまうと、今度は他の人にも同様にその人に見合うレールを敷き始めてしまったんじゃないかな、と最近感じる。偏差値低いやつはくずだとか高卒はだめだとかそんなカテゴライズ。
でも本当の関係ってなにかしら必ずリスペクトがあって、私は私が尊敬する人の前にレールを敷けない。それは先がわからないとかじゃなくて、自分の笊で選別しようとしない姿勢があるんだと思う。決め付けてしまわないで、そんな人間いないんだから、ひどいこと平気で言ったりしないで。

でも、同世代だけの話じゃないみたい。寂しい大人に会いました。




悲しい気持ちに任せて書いた文をブログに載せて、同じような辛苦を感じたあの頃と違ったりするのだろうかぼんやり考える。







日記 | CM(3) | TB(0) 2007.12.08(Sat) 05:25

水路をゆく


彼の存在というものを根本からぽっきり折ってしまうどころか、揺さ振り勢い余って甕の水をぶちまけてしまうような発言をした事は言われなくとも自覚している。
忘れる訳も無く、彼が幼少時代から十数年以上ピアノだけを意味に生きてきた事や、友達も恋人も勉強も何もかもを犠牲にして弾いてきた事、心からピアノの音色を愛していた事など、今更でなく反芻されるのは訪れの名残が次の再来まで消えない位で―それを微かでも逢瀬と呼びたくない―それでも尚「だったら辞めなよ」なんて事を搾り出すことが出来た私の口の震えは、思い出から抜け出た彼の大切さ故突発的に湧き上がる憎しみという水流に押し廻される水車のように無機質な速さでたんたんと言葉を紡いでいった。
誰よりずっと自分が憎い。昨日の自分も殺したい。
その憎悪が明日の渡し舟に成るなんて、気付くのはいつだって後なんだ。



私はいつもいつもいつも後でひどく後悔する事を解っていながらその予感を抑えて取り返しのつかない事を言ってしまう。間違った事を言ったわけじゃない、ただ、言うべきじゃなかったと後悔するような息苦しい内容のことを、どうしても彼に、無遠慮に放ってしまう。
でも、水があり、流れがあり、水車があり、そのうえ傍に小屋があったりなんかしたら、どうして廻らない輪があろう。
望まれないのに必要とされる言葉がある。



ただ私は、そうやってピアノのみで生く事の脆さと背反性を言いたかっただけで、ただそれ以外は伝わって欲しくなかった。なのに、言葉を交わすたびに、不協和音のような耳覆う悲しいばかりの捩れた重なりと化す会話だった音は、彼の指を震わし私の唇を急き立て、聞かないほうがずっと良かったという錯覚に似た諦めの雰囲気を積み立てるだけだった。




唯一伝わるのは語らなかった事だけで、それだけが私たちのバランス。
そうやって壊しながら保ちつつ、これから先も、水であり水路であり小屋であるだろう自分が憎い。
私もまた、生き方を知らない。



掌にかんじる。
今日の私が憎む明日の私のために、ゆっくりと舟を漕ぎ始めた。









日記 | CM(0) | TB(0) 2007.12.02(Sun) 00:35

プロフィール

harufar

Author:harufar
1987年8月3日生まれ。
まだまだひよっこの19歳です。20になりました。
髪は少しずつ、のびています。
大学生(三年生)してます。

いま試験期間でしょぼしょぼなってます。

忙しい中で自分の時間の流れを垣間見ることが出来るのは、ココロがほんわかなる瞬間です。
目の前にグミチョコを置かれたらしっぽふって喜びます!

好きな音楽★安藤裕子 Round Table featuring Nino 鬼束ちひろ RADWIMPS 椎名林檎 Boom boom satellites Muse Cornelius チャットモンチー ROSSO Blankey Jet City Madonna ACIDMAN Cocco etc

メールアドレスはfar-har-kokoあっとまーくhotmail.co.jpです。
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