独り言は誰も待たない。
追い駆ける古いスカートが我慢して垂れ下がる時間がめくれる。
暗記したCDの様に廻っていたい声が私の指先に転がり込む景色が平行に運ばれて行く。
残して流れ、私は落ちた。
私からこぼれた私が、運ばれずに積もる、痺れて急ぐ。
隣人だけを許す角度の上に安住する傘を討つ。
翻す為に言葉を交わして飼い慣らす気持ちはあなた用。
自分を消しながら去る事で保たれる思い出だけが肥大する。
足下まで広がる懐かしい耳鳴りが細く連なり、
もう塞ごうと文を書く。
いつか何かどこか誰かいつの日か、
みんなどこへ羽ばたいてるの。
違和感でやっと動く思考の炭を鏡に貼り付ける足りない
映るだけでは足りないの明るい歌だなんて…。
私のニュースは悴んでいる。
いま、誰とも会いたくない。
男の子と歩くと元彼の彼女になっちゃう。
誰とも触れたくない、から、違和感を焚き続ける。
それは、それはただの記憶なのに。
現実は触れられる物。崩しながら触れてくる物。
靄を、吸えなくとも。
わたし・二度と・現れない。
独り言は誰も待たない。
私の感覚を信じない秒針の滑り
ドリエルが不快な痺れとなってゆっくりと、心臓を起点に体の端へ溶けていくのを、一息ごとに感じる。
今なら感じずにいられるのに。床が滑らかになった。
胸のあたりが鈍く疼いて、指先にもう一層の水っぽい膜がかかり、少しだけ息がしずらい。身体の底がいくつも、いくつも石を抱いて、身体の底が、愛を捻った。みんながわたしをのぞく。
テレビの中できらきらと笑って歌うアイドルを見て、涙が出てくる。なんて可愛いんだろう。
私は今きっと元気じゃない。痺れた腕に力を込めて、ぐっと寝返りを打ち右目だけで泣いた。
重くなった心臓が、ゆっくりと下っていく。
零れようとする涙に封をするように、瞼を下ろし、ベッドの上で足音を立てる。スムースに、運ばれてゆく。
このままの形で、身体に埋まった点がみっつ、ベッドに沈みつつある。頭が心臓が腹が、今が終わればとしのぐ事だけを言い聞かせて、バランスをとりに行く私は、どこかで指をさされるのがこわい。意味が無いと。意味など無かったと。
誰とも、何とも。
両手の端がずれる。
私は、平気だよ。
信じるのと笑いかけるのを、同じだと考えていた。
感じてはいけない。
無数の席に座った学生達が、何を言っているのか感じてはいけない。
私が放した言葉を、感じてはいけない。
怖い。ほどけて、忘れてしまうんだ・・・。
するすると雨粒が流れ落ちる気がして、上体を起こしゆっくりと身体を捻って、カーテンに触れた。
指先のざらつきを確かめる。
雨音で目を覚ますなんて、夜明けの中でも特に最悪だ。
どこに、行った。
いつまでも、自分をゆるせない。
名前を持たない関係
休日に親戚のおじちゃんとドライブに出かけた。
琵琶湖を一周した後京都へ抜けて、そこから大阪へと帰ってきた。おばちゃん(おじちゃんの奥さん)が用事で出かけていたので、その日は一日中一緒にいれた。八時間近くはずっとドライブで、途中休憩を挟みながらもおじちゃんがずっと運転をしてくれた。(私、免許持ってるのにね。)
長距離ドライブなので、お互いに好きなCDを持参してきて、かわりばんこに流しながら過ごした。
スピッツ→都はるみ→Cornelius→美空ひばり→チャットモンチー・・・
琵琶湖の景色は、写真に撮って、持って帰りたくなるようなものばかりだった。車からだったのでほとんど撮れなかったのが残念だけれど。なんというか、こう言っておきながら、写真は切り取るものではないという気がしている。
切り取った絵だけでは、本当に紙でしかない。もっと地続きのしているものなんじゃないだろうか、と考えながら太ももをパシャリ。やはり繋がっている。
琵琶湖を一周したあと、京都のラブホテルへ行った。
前に話していたことなのだけれど、「一度綺麗なラブホテルに連れてったる、見てみたいやろ。なんもせんから。」というおじちゃんの言葉はどうやら本気だったらしい。私は、んーとか言ってその時は流していたのだけれど、見てみたい気はしていて、実際行ってみると、入るのが初めてなせいもあるがこれほど気の滅入る場所はないと思った。
私にとっては何もかもがショッキングで、おじちゃんと一緒に歩く私をじろじろ見る従業員の目線が湿っぽくねっとりしていたり、ドアの閉まる瞬間ふっと怖くなるくらいエレベーターが狭かったり、入った瞬間着いたテレビに灯る映像がグロテスクだったり、綺麗過ぎるお風呂場とか色を混ぜた照明とか無料のドリンクサービスとか料金表とか、一つ一つの事物の輪郭同士が依存しあってへばり付き、何が何だか誰が誰だか判らない、匿名的な混沌が部屋中に満ちていて、それが自分の喉に吐き気として下ってきた。
どうしようを100回掛けてもまだまだ足りない、情けないけれど完全にパニくってしまった。
縮こまった私を見て、可哀想なことしたなぁと言って頭を撫でたあと、おじちゃんはシャワーを浴びに立っていった。運転して疲れてもうたわ、と。
どうしよう、が足りない。
何より、私は、一瞬おじちゃんを男として見てしまった。
それで、いやだとも感じてしまった。
週に一度か、多い時は二・三度おじちゃんと一緒に飲みに行くのだけれど、よくおじちゃんは、harufarをおなごとして見とるよ、と言っていた。だからちゅうしてええ、足さわってええ、ほっぺにならええやろ?とか、酔ってる時しか言えないようなことを幾度となく訊いてきた。実際太ももはさわられたし…。私も、酔ってなければ、もうっと怒りそうな冗談も、軽くあしらっていたのだけれど、何だか、わからなくなってしまった。
そんな風に見ていたこともあったんだと、今さら気付く。そういう、私とやらしい関係を結んだ夢を見てしまったということも言っていた。なんや申し訳ない・・・と呟いて、私も何だか申し訳ない気持ちになった。
私は嫌だな、おばちゃんに申しわけないし、おじちゃんのことをおじちゃんとして好きでいたいし、男じゃないよ。
お風呂から上がってきたおじちゃんと、適当にテレビを見ながら時間を潰して、部屋を出た。
結局何もしなかったけれど、そのあともずっと、縮みこまった分の心の余裕は戻ってこなかった。帰りに寄ったくら寿司でも、ぼんやりしていて何を頼んだのか覚えていない。
おじちゃんは男で私はおなごであるけれど、普通の男女関係とは全く違う形でラブホテルに入ったけれど、場所が違えど関係は同じじゃないか。居酒屋でも車内でもくら寿司でも。
私とおじちゃんはどういう関係なんだろう。凄く考えたくない。
おじちゃんが、本気で私のことを女として見ているわけではないのは分かっている。それは気にし過ぎる必要はないだろうと思う。
ただ、ラブホテルの中で感じた、おじちゃんの男っぽい感じというのは、今まで考えもしなかったことだから、すごく、自分の中で重たいものになっている。
今まで付き合った男の人は、自分を残しながら去っていくし、奪いながら満たしていくし、大好きと囁く度に爪を皮膚にめり込ませていくような、掘り起こす痛みと、躊躇いがちな火傷を伴った存在だった。
おじちゃんは違う、けれどおじちゃんは男の人で、それでも違うんだ。
ラブホテルの様相とおじちゃんという未知の男性が一気に押し寄せてきて、頭がぎゅうぎゅうと混乱した。
そしてこれはばかみたいだけれど、私は、躊躇しながら火傷を負わせてくる男の人をとても愛している。たぶんこの先も愛することになると思う。傷つきながら傷を焼き付けてくる時の、筆舌しがたいあの表情に、一生かけて指を這わせるんじゃないかと思う時もある。私も彼に、傷を作りながら。
お互いそんなつもりもないのに。
私は女の子にどう接近していいかわからない。表面上だけの関係なら、ごく狭い意味である程度事足りるけれど、それ以上はどう近くなればいいのか、うまくできない。女の子同士は、お互いに傷が怖い。私は絶対女の子を傷つけたくないし、できれば傷つけられたくない。
逆に言うと男の人を傷つけても、傷つけられても、やっぱり本当に辛いけれど、こちらにはちゃんと別れがあるから。否応無く区切られる別れがあるから。
だから死にたくなっても、耐えられたような気がする。
別れれば手が届かないから。
おじちゃんの接近は二年かかって、こんな風に一緒に飲みにいけるようになったのも割と最近のことだ。急に近づいたりしないのに、何か求めるわけでもなく、いつの間にか近くなった。電車を乗り過ごした振りをして、電話をかけてくれる。最初は人見知りして、怖かったけれど、今はそんなことは全く無い。
おじちゃんはとても繊細な人だ。ここ最近連絡が無い。
harufarにいろんな経験をさせてやりたい。それでな、こうやってはるかが成長するのが、おじちゃんの楽しみなんや。何を残せるかってそういうことやと思うんよ。
ねえおじちゃん、私は何ができるかなぁ。
まだちょっと心の隅が震えてる。
分からなかったり、名前を知らないことがたくさんある。
そんなものによく出会う。
これが、私の年なのかもしれない。
不完全に円を描いて廻る
言葉は公園で。
傘の形を保ちながら廻り続けるころ、
先にいっていいよ、私はブランコで帰るから。
落っこちる
土に頬寄せる歩みの停滞。
茶色い砂は、指の間からこぼすと、きらきら瞬くのを見つけた。
草が、あなたの腕のように、風になびく。
ふれ合って道の向きが、響いてるのにね。
さえずりの正体は見えない方がいい森も、
雨を忘れさせてくれるだけなのかもしれないよ。
両手を離してのったブランコが、
空の境目を引き伸ばしてくれる視線で、
私を纏めてくれる。
半円に満たないまるを描き続けながら、
地面を作った平行な一本を、いくつもの縦線に引き上げる、
ずうっとこうして揺れながら、
あなたも風も輪郭が見えなくなるまで、
両足伸ばして思ってる。
雨の日に開かれる小さ過ぎる世界が、
その縁取りを保つのはいつまでかな。
雨降りのブランコには合羽が要る。
閉じた傘で廻ろう。
半円しかない。
二十歳
先日京都で父に会った。
沢山話をしたのは、話すべき事があっただけで、それは春に大学生になった弟の事だった。私は、弟がかわいくてしょうがない。つい何もかも話してしまう。
「たくさんのよいこと」が弟にあればと、授業中に何度も考えている。そういうことを話した。
それで、父はとても上機嫌だった。鹿児島に帰ってからも終始ニコニコしていたと、母が電話で話していた。私は父の事が、すこし、すきになったのかもしれない、たぶん。わからない、普通になっただけなのかもしれない。
一方で、父のことはもう分かった気でいる側面がある。それは私の中でとても嫌な部分だ。そんな愚かな自分を滑稽だと言いながら、沈痛にうつむく私がいる。
高校時代、ピアノの彼氏との交際を巡って、父とは(とうぜん母とも)相当、険悪な仲になった。
陰鬱で、その頃は彼以外とは誰ともまともな会話をした覚えが無い。言語が私を救ってくれると本気で思っていた。
私が高校をサボり始めた時、その当時は彼とは付き合っていなかったのだが、元々割と親しかった(かは一言では言えなのだけれど)彼が、度々学校を休んで私の家まで見舞いに来てくれるようになった。
彼が学校を休み、私のところに通い詰めていることに気付いた彼の母親が、私の両親に連絡を取って、秘密がばれた。
その密告の電話がされている横で、うっすら内容に感づいた私は、顔面蒼白になりながら味のしない夕飯を食べていたのを思い出す。視線を定めることが出来なかった。
目の前で弟が「お醤油取って」と言ったのもほとんど頭に入らず、そのまま脳が宙を舞い続けた。
それでも会う事をやめる事が出来なかったのは、決して私が彼を愛していたからではなかった。
お互いに自分の血肉を毟り取って与え合いながら、奪い合いながら、ただ利用し合いながら、区別の付かぬほど依存して、目が見えないほど近しく抱き合って、それでも心の奥底で、生きたかったんだと思う。
私たちは、その時にできる最低の形で生きていた。
その時の私を、死んでいるようだったと形容する人がいる。
当時の私達の耐えぬ噂を持ち出して、あの時どうしたんだよと聞いてくる人もいる。
死ねなかったんだよ、と言っても、きっとあの生は伝わらない。
会うのをやめなかった。
それは真昼間で、父がカーテンを閉め切った薄暗い私の部屋のドアをがたんと開けた時、私たちはペッティングをしている最中だった。
私は当時セックスの仕方もよく知らず、ペッティングという言葉を教えてもらったのも、彼が父に殴られ家を追い出されてから、数日後になってやっと会えた時だった。
その夜、脱衣所へ向かう私に、「避妊だけは・・・」と言いかけた母が本当に憎くて、前は好きだったのに、私の事を信じてないのだと思って、何も知らないくせに。と言葉を投げつける代わりに、震える手で思い切り戸を閉めた。反動で戸が少し開いたのも、涙が出るほど悔しかった。何もかもうまくいかない。
どうにでもなればよかった。一生お風呂に浸かっていたかった。
もしこの先、父と一緒に暮らすことになって、その時私が男に会いに出かけたとしたら、父は車で追いかけて、私を無理やり連れ戻したりするだろうか。私はまた、出かける度に謂れの無い罪悪感に苛まれながら、掌に汗を握り、なるべく音を立てないようにドアを開けるようなことになるのではないか。
父がそのような事を、高校生の私にはしても、今の自分にする筈がないということは分りきっている。けれど、怖い。
父に対する反応が過剰になるであろう私のぎこちなさが、来る未来のようで怖い。
依存しながらずるずると生きていた時の事を、少しずつ昔に変えようとしながら、生き方が分らなくてまた、涙が頬をべたべたに濡らす。
普通に生きるなんていうのはない。
二十歳。20、私は20年生きた。20年。
欠落か過剰か、その真ん中の渦か。二十歳は渦巻いた穴なのか。
あとどれくらい生きられるんだろう
というフレーズが頭に浮かんできて、咄嗟に、
あとどれくらい生きるんだろう
に掻き消された。
螺旋を縦半分に割って、近くから持ってきたもう一つと共に編みこんだ紐が彼の持っている私の命。
今生きているんだろうか。
私の死は彼が持っている。
私は二十歳になった。
明日に戻りたい
髪が伸びてきた。ともちゃんと別れたから別れるため多重の手を断ち切るため切った髪が、四月になってとうとう長くなったよ。
鎖骨を擽る毛先が、陽気のようなものを運ぶ。もう五月らしい。五月なんて!
どうしよう、またばっさり切りたい、切ってしまいたい。
でも本当は私、のばしたい。
男友達や元彼にはショートが似合うって言われる(言われた)けどもう私は男信じたくない。かといって、ロングが似合うと口にする女の子を信じるわけじゃないんだけど、あーどうしよう。うー
こういうところが、私はまだわたしを諦めてないような感じで、なんだかもう飽き飽きだよ。泣き。
たすからない。
さよなら、君の声を、抱いて歩いていく
ああ 僕のままで どこまで届くだろう
楓/スピッツ
ひーっさびさにスピッツを聴いた。今でない時間のことが恐ろしい、と改めて思い出された。私では触れることが出来ないのに、向こうから私には手が届くようだ。恋すると音楽を聴いてしまうけれど、その選曲は選ばされたかのように、今は感じる。
もどれないんだぞ、という疼きを、記憶のような柔らかさで肌に染み込ませてくる。それが骨と骨の接続部分に留まって、動くと痛い。
どこまでもあの時を歌う曲は、歌い手と同じように私のあの時に流れていて、違和感の皺寄せは必ずココに来る。あなたはいまどこにいるのかな。私は・・・私は。
あー、私は「戻る」という意味を、可能性と勘違いしている。もどってはいけない。ばか。
制服で転げ回って、放課後教室に残って、指にキスしたりして、
幸せだったのはそう。たぶん20年の間でいちばん幸せだった、気がする、そういう切り取られた瞬間だから。
今そのことを思い返して、幸せだったことは絶対に否定できないけれど、思い出すと必ず死にたいほど哀れな気持ちになる。だからほんの少しでも思い出したくない。必ずぼやかすようにしている。
現れる過去が鮮明に詳細になるにつれ、ひどいと思ってしまう。
そうしないと今を許せないのだろうか。
ううん、今の方がいい、今の方が絶対にいいと思う。たとえ幸せでも、あそこには戻りたくない。
もうスピッツを、「あのせーしゅん」抜きに聴くことができない。それは、物凄く、辛い。
もちろんそうでない曲も沢山ある。けれど私にとってのスピッツは、制服のせーしゅんだった気がする。
この曲と一緒に呼吸し歩き、変わることはもうできない。
好きだから聴いてしまう。
けれど、けれどなの。
かわいい君が好きなもの ちょっと老いぼれてるピアノ
さびしい僕は地下室の すみっこでうずくまるスパイダー
洗い立てのブラウスが今 筋書き通りに汚されていく
だから もっと遠くまで君を奪って逃げる
ラララ 千の夜を飛び越えて 走り続ける
スパイダー/スピッツ
なんだか、こんな気持ちでは、私には明日すらないと思った。
明日にかえろう、もう少しがんばろう、
大丈夫だよね、歩いていいんだよね、






